信号機

横断歩道の前で立ち止まった人々の群れがいる。彼らは赤く点灯した信号機を見続けている。焦ることなく信号の通りにいつまでも立ち止まったままである。見回す事もなく信号機を信頼し、その指示通りに止まってるだけで他に何も思い煩うことはない。
その一方で辺りを見回し、自ら判断し横断歩道をスタスタ渡る人がいる。立ち止まっている人々はそれを一瞥し軽侮する。我々はルールを守らない奴らと違うのだとある意味優越感を伴った笑みを浮かべている。
よくよく見ると周りは見晴らしのいい平地で車一台通っていなかったのだ。
信号機は壊れているのか、何か意図したものがあるのか、ただ赤く灯り続けて人々の群れを押し留めている。人々は不満もなく、むしろ安心し切ったような表情で立ち続けるのみである。
それからどれくらい経っただろう。不気味なほど静かな時間が過ぎていたーー。
音もなく人々の背後から黒々とした山のような津波が押し寄せていることに誰一人気づいていなかった。